空調がいかれたかと思えるほどの、今年一番の職場環境の悪さの中でプログラムを組んでいると、考えているときに前歯を指で押さえる癖が自分にあることに気がついた。普段はどうってことは無いが、今の自分にはまずい癖だった。無意識にやってしまうものだから、とにかく、使わない手を下ろしておくことを意識するしかなかった。

 16年くらい前、橋の欄干で派手に転び、永久歯の前歯2本を失いかけた。手で握って最寄の歯医者に持っていったが、空気に触れて長い時間経った歯は、水を失った肴のように組織が徐々に死んでいくのだという。一か八かで再び自分の口に収まった前歯ニ本は、それから16年間耐えたが、片方はすでに組織に拒否反応が出ており、抜かなければ健康な歯までやられるという。それなら抜くしかなかった。

 それからいろいろあって、一昨日インプラントという手術を行った。人工歯根を上あごの骨に埋め込み、新しい歯を作ってしまう。凄腕の歯医者は、ものの15分で手術を終わらせた。レントゲンにはねじ山がはっきりと写る。大学で使い慣れたノギスで自分の歯の長さを測られ、レントゲンでねじ山を見ることになるとは。二週間、前歯は使えない。血は一日で止まった。しかし食事にかかる時間は二倍になった。

 ものが食べられることが幸せだと感じるようになった。人がものを食べられなくなったときどれだけ苦しいかは、それほどまでに口が頑丈に出来ていることが物語っている。今は、コンビニでもファーストフードでも何でもござれで、食にありつけないことなど少なくなったが、もっと食べられることに感謝しなければならないのではないかと、みんなが食べ終わった食堂で一人考えていた。

 時間に追われてそういうことを考える余裕さえなくなってしまうなら、それは悲しいことだ。

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