メンの男

 遠方の就職活動から戻り、空腹のとき決まって行くラーメン屋がある。寒い日はラーメンに限る。

 高校の時から市内のラーメン屋は数多く回ったが、そこは小さく入り組んだところにあり、簡単に見つけられる店ではなかった。しかしあろうことか、その店が自分の家から最も近いラーメン屋だった。見つけたのは高校に入学してから8年目の、とある日だった。
 店はみつけた。しかし準備中だった。営業時間は19時から26時。昼にやってないラーメン屋は結構ある。

 この店の歴史は長く、自分の研究室の教官も知っているほどだった。スープも毎日定時定量だしを取り、何年も変わらぬ味を保っているのだろう。小さな店だが、夜8時に行こうが夜11時に行こうが、若者もしくはサラリーマンいずれかが客として座っていた。この店のラーメンは、金沢的なラーメンとして称される、甘めの、ラーメンだ。

 しかし、長年変わらない味を保ちつづけているこの店のラーメンも、私が訪れた数回において毎回味が少しだけ違う。それは日による味付けの違いではなくて、私の心の持ち様が少しずつ違うことに起因するものである。ある日は夢が玉砕した日、ある日は先輩をつれてきた日、ある日は大きな収穫を得た日。それぞれの心の持ちようで、少しだけ、味が違うように感じるものだった。

 今まさに、人生の転換期を迎えようとしているのかもしれない。就職選びに焦った私は、早めに早めにものごとを決めたがった。人の意見は本当に人それぞれで、自分の足で、自分の目で確かめて、自分の口で本人に聞かなければ納得しなかったのが幸いした。それで大体の真実はわかった。自分は何がしたいのか。自分に何ができるのか。その二つが、今はまだ誰にとってもわからないものだ、ということがわかった。人生の選択という大きな課題を目の前にして、不安になるのは誰にでもあり得ることだと思う。しかしここでこそ、重要にしなければならないのは先を生きる人々の知恵と助言だ。高々20年そこそこしか生きていない自分に、社会の構造の一端も知りえないのはよくよく考えれば当たり前の話だ。

 私は真実を知った。先を生きる人の考えを聞いた。今こそ、真の決断を下すときだと、ラーメンを完食して思った。

 私が訪れた数回において、不変なことがある。ここのラーメンは実にうまい。

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